the scent of Jasmine ~ Akiko Endo Essay Blog

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8.09.2012

夕刻の夏空

夏の陽ざしが和らぐ頃、私は河添いを北に向かって歩いていた。

夏の一日は長い。午後5時を過ぎても青々とした空が広がっていた。


自宅から北に向かって歩くときは、白樺の木に囲まれた公園を抜けて行く。
暫し高原の雰囲気を感じながら、好んでこの一角を通り抜ける。

白樺林を抜ける一陣の夏風が心地よい。
昼下がりの陽光に透ける美しい若草色の天蓋が小道を覆っている。


















この日、公園を抜け、ヨットハーバーに出た瞬間、清々しい空気に包まれた。
頭上に夕刻の青空が広がり、優雅な刷毛で描いたような雲が翼を広げていた。

羽毛のような雲の形は鳳が翼を広げて頭を西方に向かって棚引き、優美な長いトレーン(尾)に虹彩が施されていた。

五色の虹彩が青空を背景に白い雲の上で神秘的な輝きを顕していた。

この偶発的、自然が創造した壮大な芸術を目の前にして、やがて風に流れて消える一瞬の現象に感動が湧き上がる。

自然が創造した、つかの間の美。まるで天界のメッセージを受け取ったような嬉しさを感じた。この光景を共有した地上の人々に語りかける天からのメッセージかも知れない。
それぞれの感じるままに様々なメッセージが込められているに違いない。

一陣の夏風を体感し、陽に透ける鮮やかな木々の緑を目に写し、今の一瞬のかけがえのない夕刻の夏の日に一瞬の天からのメッセージを感じながら、私は友人との待ち合わせ場所に向かう。ありがとう夏の空。明日また遭おう。


July.27.2012
Photo by akiko endo



   























夏の夜のグラウンド・ゼロ


夏の夜のグラウンドゼロから
地球の裏側は朝を迎えている。ニューヨークは夜の8時過ぎ。
夕食の後のひと時を人々はそぞろ歩く。
一日の終わりに、ゆっくり歩きながら夜景を眺める。セーリングスクールの人たちが船上でカクテルパーテイーを開いていた。賑やかな声と音楽が河風に乗って来る。
楽しそうだ事。どこの州から来たのか数隻のヨットが停泊していた。ドックまで下りて中を覗いてみる、船室の明かりが漏れて、人の動きが影絵のように見える。
別の船は船室が開け放されていた。ゆっくりとソファーに座って語らっている人々も見える。
ここは9.11の惨事の時に駆け抜けた桟橋である。
こんな穏やかな時が流れているなんて、やはり9.11は夢の出来事だったのだろうか?
こんな穏やかな時が流れているなんて、11年前のこの一帯にビルの残骸が積まれた戦場のような跡地など幻だった、のではないかとさえ思えてくる。
流れていく時を止めることはできない。流れながら、やがて誰が生きて何をしたかなどと忘れ去られて行く。せめて、この星降るような夜景を留めておこう。
満ち潮のハドソン河は水位が上がって、河上に向かって河波が畝っている。
生きているような河音がする。そうですね、動いているもの全ては生きているのですね。
時の波間に消えていった、もう生きてはいないもの達が河波のうねりのように泣いているような気がする。皆に風音もうねりも届けることは出来なくても、このグラウンドゼロの夜景は届けよう。 

08/03/12