the scent of Jasmine ~ Akiko Endo Essay Blog

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9.13.2017

EMBRACE
Take a day to remember



16年前の9/11も、16年後の9/11も、晴れ晴れとした、秋空が広がっていました。


テロの脅威は世界規模になり、日常生活が、予測もしない場所で、テロの脅威にさらされる今日、9/11メモリアルには、海外から訪れる人も多かった。家族や親しい人を突然、理不尽なテロ行為で、失った憤りと悲しみが、遠い、他国で起きた米国同時多発テロ事件が、身近に迫ったに違いない。ここメモリアルが遺族の思いを受け止める場所となった。



片手に9/11当日、同僚が被っていたヘルメットを持って、救援で命を落とした同僚を16年後もいたわりと、懐かしい眼差しで、刻まれた名前の一体、一体を見つめて、ゆっくりと歩く、もと消防士。16年前、彼は30代半ばの若手ファイヤーファイターだったと想像できる。




一人、一人の名前を呼んで、語りかけては、こいつは、ビッグ ガイだったよと友人との思い出を分かち合う。



世界貿易センターで救助に向かう消防士達に、十字を切って、"God bless you" と祈りを捧げた、Mychal Judge は神父であり、消防署の Chaplain だった、最初に命を落とし、人々を神のみもとに導いた。


Survivor Tree は生き生きとして立っています





Sound recording and photo by Akiko Endo

9.11.2017

16年目に帰ってきた、永遠のモニュメント September 6 2017

WTC,South Tower と North Tower の間には広場がありました。

そこにあった噴水は夏には働く人々の憩いの場所でした。ランチパックを持って、噴水の周辺に集まり、ひとときのランチタイムを楽しんでいた光景が目に焼き付いています。


あの日のそこにいるべき人々、いえ、昨日そこで、同僚と談笑しながらランチを楽しんでいた人々は、翌日にあの崩れ落ちるビルと共にして、二度と戻って来なかったのです。


この鉄のモニュメントに穴があき、変形した姿が、この崩壊の力を想像させます。


GroBe Kugelkaryatide (Great Spherical Caryatid), 1971 "The Sphere"
Artist: Fritz Koenig

Originally located on the plaza of the World Trade Center. Recovered from the rubble of WTC following the September 11, 2001 attack.

Donated by the AXA Nordstern Art Insurance Corporation in memory of those who died on September 11th 2001, at the World Trade Center.



傷ついた、永遠のモニュメントとして、メモリアルを見下ろしています。
かつて共に生きた人々の魂を引き寄せるように感じます。



かつてのWTCのロビー
このロビーを毎日通っていました。

5.06.2017

風薫る五月

風薫る、新緑の季節、澄んだ空、清々しい気分で、駅までの道を歩く。

通り慣れた道で一瞬、ドキッとした。
何処からか、甘いジャスミンの香りが漂ってきた。
あ〜懐かしい、エキゾチックな香り!



通りすがりに、塀から枝垂れ落ちるジャスミンの群生に近づけば、芳しい香りに包まれる幸せなひと時、見上げれば、鮮やかなツツジが目を奪う、少し歩けば、玄関先のバスケットの中で、スミレの花が愛らしく咲いていた。

この道は子供の頃から通った道、五月の花々が思い出の道を飾り、暫し、懐かしい人々を思い出す。
花々が導く、安らぎのひと時

― 美しい五月、日本より ―

2.24.2017

Early Morning Manhattan


昨年のような流氷が浮かぶ日はありませんでした。

突然、気温が16度の春の到来で、戸惑っております。

皆様のご清祥をお祈りしております。

早朝のニューヨークより


Film composed by Akiko Endo
2017.2.18

11.05.2016

The Survivor Tree


一本のマメナシの木が爆心地に立っている。訪問者はメモリアルを訪れると必ずここで足を止める。

私達はこの木を【Survivor tree】と呼んでいる。焦土と化した世界貿易センターの瓦礫の下で、焼けただれて横たわっていた木である。爆心地の凄惨を物語っていた。ブロンクスの公園に運ばれて、9年の歳月ニューヨーク市公園管理のチームによる手厚いケーアを受けて蘇りました。 

そして、追悼の祈りを捧げる National Memorial に復活を象徴する木として戻ってきました。

この木は、2001年を境にした過去と現在を表している。
枝を失った跡が瘤のようになっている、その瘤から伸びた新しい枝は現在と未来を表している。

「一本の木の命の刻みに、過去と現在を身に晒して、今もメモリアルに立っている。」

生き残った木は、生き残った者に生命の力、復活の力を伝えている。この木に三つの言葉が添えられている。

 Rebirth, Resilience, Survival,

人々はこの木をなぜかSheと言う。Heではなく、She やはり女性は強く、生命力の象徴なのです。

Essay Survivor Tree


私は貴方がブロンクスの公園の一角で瀕死の淵をさまよい、看護を受けて療養していたなんて知りませんでした。

貴女が戻るまでの9年間、私もまた復活の旅路を歩いていました。

焼けただれた残骸が山のような爆心地で、目の前で散っていった人々の命が消炎を上げている跡地で 

一体、何故自分がここにいるのか、
焼け焦げた匂いが充ちているこの場所にいるのか、
何故生きているのか

思い出しても、思い出しても
あの時の心境を表す適切な言葉は見つからない
15年後も見つかっていない 

ただ、今生きている事、何かに向かって生きているのであろうと、それだけを感じている。

貴女の幹に露わな傷痕がある。
2001年の9月11日にあなたの腕である枝が無残にへし折れた痕が瘤のようになっている。

この瘤を見るといたたまれない思いがこみ上げるのです
そこから伸びた新しい枝は、今の此処にいる私です。

2001年が過去と現在との分岐点
あの、枝が折れた生々しい傷跡も私の中にあります。
心の中にまだ、ありありとツインタワーも存在しています。

貴女が手厚い看護を受けて蘇えり、9年後にグランドゼロのメモリアルに戻ってきた。
生き生きとして新しい枝に緑の葉をつけて、
風にそよぐ貴女を見て、おおらかさと不屈の精神を感じました。

過去と現在と未来を身に表して、今もメモリアルの犠牲者たちを見守っている、そして未来の希望の木として存在し続けるのでしょう。

初夏の風の中に立ち , 夏の炎天下に立ち、
秋の優しい日差しの下、晩秋になっても葉をつけていて、
やっと葉が落ち切った立冬に、裸木となって、木枯らしの中に、雪降る中に、いつもそこに立ちつづけている。

新しい枝は未来に向かって伸び続けている。
そして未来の人々に、希望の木として生き続けるのだと信じる。

未来にこの悲惨な出来事を知らない人々が、此処を訪れれば、貴女は誇り高く、そよいで、希望に生きよと、そして命あればこそと、思いを風に運ばせるのであろう。

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動画は、2016年6月28日北海道札幌時計台にて行われたピアノと詩の「香りとアンビシャス」の一部収録です。