遠藤明子の綴るエッセーと活動を収録したプライベートラブラリーにようこそ。 2001年9月11日、私はグラウンド・ゼロにいた。生き残った私に、癒しの香りが新しい人生はを運んできた。』 想像を超えた悲痛事が人生の新しい章を開いた。 命と向き合った旅路の章から、今、次の章を開きます。一ページづつ、大切に日々の心の思いを綴ります。生きる事の意味を問いながら、9/11突然に天空に散った命を思いながら、綴ります。 どうぞ、いつでもライブラリーにお越しください。
the scent of Jasmine ~ Akiko Endo Essay Blog
1.05.2017
11.05.2016
The Survivor Tree
一本のマメナシの木が爆心地に立っている。訪問者はメモリアルを訪れると必ずここで足を止める。
私達はこの木を【Survivor tree】と呼んでいる。焦土と化した世界貿易センターの瓦礫の下で、焼けただれて横たわっていた木である。爆心地の凄惨を物語っていた。ブロンクスの公園に運ばれて、9年の歳月ニューヨーク市公園管理のチームによる手厚いケーアを受けて蘇りました。
そして、追悼の祈りを捧げる National Memorial に復活を象徴する木として戻ってきました。
この木は、2001年を境にした過去と現在を表している。
枝を失った跡が瘤のようになっている、その瘤から伸びた新しい枝は現在と未来を表している。
「一本の木の命の刻みに、過去と現在を身に晒して、今もメモリアルに立っている。」
生き残った木は、生き残った者に生命の力、復活の力を伝えている。この木に三つの言葉が添えられている。
Rebirth, Resilience, Survival,
人々はこの木をなぜかSheと言う。Heではなく、She やはり女性は強く、生命力の象徴なのです。
Essay Survivor Tree
私は貴方がブロンクスの公園の一角で瀕死の淵をさまよい、看護を受けて療養していたなんて知りませんでした。
貴女が戻るまでの9年間、私もまた復活の旅路を歩いていました。
焼けただれた残骸が山のような爆心地で、目の前で散っていった人々の命が消炎を上げている跡地で
一体、何故自分がここにいるのか、
焼け焦げた匂いが充ちているこの場所にいるのか、
何故生きているのか
思い出しても、思い出しても
あの時の心境を表す適切な言葉は見つからない
15年後も見つかっていない
ただ、今生きている事、何かに向かって生きているのであろうと、それだけを感じている。
貴女の幹に露わな傷痕がある。
2001年の9月11日にあなたの腕である枝が無残にへし折れた痕が瘤のようになっている。
この瘤を見るといたたまれない思いがこみ上げるのです
そこから伸びた新しい枝は、今の此処にいる私です。
2001年が過去と現在との分岐点
あの、枝が折れた生々しい傷跡も私の中にあります。
心の中にまだ、ありありとツインタワーも存在しています。
貴女が手厚い看護を受けて蘇えり、9年後にグランドゼロのメモリアルに戻ってきた。
生き生きとして新しい枝に緑の葉をつけて、
風にそよぐ貴女を見て、おおらかさと不屈の精神を感じました。
過去と現在と未来を身に表して、今もメモリアルの犠牲者たちを見守っている、そして未来の希望の木として存在し続けるのでしょう。
初夏の風の中に立ち , 夏の炎天下に立ち、
秋の優しい日差しの下、晩秋になっても葉をつけていて、
やっと葉が落ち切った立冬に、裸木となって、木枯らしの中に、雪降る中に、いつもそこに立ちつづけている。
新しい枝は未来に向かって伸び続けている。
そして未来の人々に、希望の木として生き続けるのだと信じる。
未来にこの悲惨な出来事を知らない人々が、此処を訪れれば、貴女は誇り高く、そよいで、希望に生きよと、そして命あればこそと、思いを風に運ばせるのであろう。
----
動画は、2016年6月28日北海道札幌時計台にて行われたピアノと詩の「香りとアンビシャス」の一部収録です。
10.18.2016
9.21.2016
茜色の空 9.11
15年前の9月11日、爆心地から逃れて、長い一日が終わろうとしていた。
崩れるように、疲れ切った身を緑の草むらに投げ出した。
その時に仰いだ晩夏の空は忘れられない。
茜色に染まり始めた青空が、ただ、ただ、限りなく広がっていた。
誰が知ろうか、草むらに力尽きて、横たわる私を
そこから逃れて、横たわった草むらの草の匂いに、しばし、生命の息づかいを感じていた。
この先をどうするべきか、など考える力は尽きそうになっていた。
この先の事など考える事は出来なかった。
そして、地球上の一角で繰り広げられている恐ろしい現実を
いつの季節も茜色に染まりつつある青空を見上げる瞬間は、あの時の事を思い出す。
今生きている事を確かめることだけだった。
9.17.2016
7.06.2016
6.24.2016
お礼状 - 香りとアンビシャス 東京汐留
この度は 「香りとアンビシャス」トークコンサートにご出席を頂き、心より御礼申し上げます。そして、皆さまの温かいご支援と励ましに尽きせぬ感謝で一杯でございます。
小さな会場で、皆さまと、より近い距離で語りたいとの願いが実現でき嬉しく思っております。汐留は東京湾の淵で、太平洋に続きます。
小さな清らかな思いの、雫の集まりが、流れとなって海に、今日の思いがこの湾から波間に乗って運ばれるかも知れないと、とりとめのない空想を描いて、この場所を決めました。
皆さまと私の体験した環境と時間は遥かに違い、果たして同時限で感じて頂けるかが不安でした。
しかし、皆さまとお会いして、ほっと致しました。
いつか、何か人生で究極の事に、想像もしなかった事に巡り合った時に、ささやかな私の体験と心境を思い出して頂くことがあるかも知れないと、その時にきっと、小さな、小さな勇気を渡して差し上げられたとしたら、幸せです。
心から、皆さまのご臨席を謝して、御礼を申し上げます。
今頃、メモリアルに立つ、まめなしの木は夏の陽ざしの下で、そよいでいましょう。再会を楽しみにしております。
2016年 夏
小さな会場で、皆さまと、より近い距離で語りたいとの願いが実現でき嬉しく思っております。汐留は東京湾の淵で、太平洋に続きます。
小さな清らかな思いの、雫の集まりが、流れとなって海に、今日の思いがこの湾から波間に乗って運ばれるかも知れないと、とりとめのない空想を描いて、この場所を決めました。
皆さまと私の体験した環境と時間は遥かに違い、果たして同時限で感じて頂けるかが不安でした。
しかし、皆さまとお会いして、ほっと致しました。
いつか、何か人生で究極の事に、想像もしなかった事に巡り合った時に、ささやかな私の体験と心境を思い出して頂くことがあるかも知れないと、その時にきっと、小さな、小さな勇気を渡して差し上げられたとしたら、幸せです。
心から、皆さまのご臨席を謝して、御礼を申し上げます。
今頃、メモリアルに立つ、まめなしの木は夏の陽ざしの下で、そよいでいましょう。再会を楽しみにしております。
2016年 夏
遠藤明子























