昨晩、急激な冷えこみが襲ってきました。窓から見下ろすと、ハドソン河に流氷が浮かんでいるのが見えました。部屋にいても足下が氷のように冷たくなり、毛糸の帽子に厚手のソックス、マフラーに軽いダウンジャケットを着ていましたがシンシンと冷え込みました。今朝 ピリピリさす寒風の中、河沿いを歩いてみると、河面に流氷が覆っていました。
氷の飛沫をあげて行き交うフェリー
流氷にたたずむカモメ、餌を求めて舞い降りたのですが。
ハドソン川に浮かぶ流氷群。
ここはアラスカではありません。ニューヨークです。
厳寒のNYより
Photo by Akiko Endo
遠藤明子の綴るエッセーと活動を収録したプライベートラブラリーにようこそ。 2001年9月11日、私はグラウンド・ゼロにいた。生き残った私に、癒しの香りが新しい人生はを運んできた。』 想像を超えた悲痛事が人生の新しい章を開いた。 命と向き合った旅路の章から、今、次の章を開きます。一ページづつ、大切に日々の心の思いを綴ります。生きる事の意味を問いながら、9/11突然に天空に散った命を思いながら、綴ります。 どうぞ、いつでもライブラリーにお越しください。
the scent of Jasmine ~ Akiko Endo Essay Blog
1.09.2014
1.01.2014
12.26.2013
Winter
感謝祭の頃、住まいの小さな庭に、恒例の冬のファンタジー、クリスマスのイルミネーションが灯ります。
初雪、静まりかえった朝でした。ベンチも寒そうですね。
ヨットハーバーにアイススケートリンクが設置されました。晴れた日にハドソン川縁で自由の女神を遠くに眺めて滑ります。
吹雪でも、はり切って滑っている子供、吹雪でも喜んで走り回っている愛犬達、大人は誰も出て来ません。静かな世界。
雪が止んだ夜。凍った空気にイルミネーションが一層輝いて見えます。
クリスマスデーの日没、自宅の窓より、自由の女神が見えます。
ロックフェラーセンターのクリスマスツリー。
Photo by Akiko Endo
初雪、静まりかえった朝でした。ベンチも寒そうですね。
ヨットハーバーにアイススケートリンクが設置されました。晴れた日にハドソン川縁で自由の女神を遠くに眺めて滑ります。
吹雪でも、はり切って滑っている子供、吹雪でも喜んで走り回っている愛犬達、大人は誰も出て来ません。静かな世界。
雪が止んだ夜。凍った空気にイルミネーションが一層輝いて見えます。
クリスマスデーの日没、自宅の窓より、自由の女神が見えます。
ロックフェラーセンターのクリスマスツリー。
Photo by Akiko Endo
12.24.2013
Ground Zero 12years "グランドゼロ 12年目の冬"
2013年が終わろうとする、ある日、実に12年振りに勇気を振り絞って、グラウンド・ゼロの地下、開通したばかりの地下通路、<ワールドトレードセンターの地下道>を通りました。
2001年の9月11日、救援にかけつけた消防士、ボランティアー達が落命した現場です。12年という歳月が生々しい惨状の記憶を薄れさせましたが、実際に現場を通ることは勇気が要ります。
心底に眠っていた慟哭が呼び起こされるのではないかと、不安がありました。気が紛れるように、いつか友人たちと一緒に通ろうと決めていたのですが、いずれ一人で歩かなくてはならない、一人で一歩を踏み入れようと、大きく息をして、真新しい深い地下道へ通じるエスカレーターに一歩を踏み出しました。。。
エスカレーターに乗ったからには下りるしか道はない。そして恐る恐る、祈る気持ちで、長い地下道を歩きました。将来このコンコースには有名ブランドのショップやレストランが入る予定ですが、真っ白な大理石のコンコースは冷たい霊廟の地下を歩いているように感じました。
しかし、この地下道を平静に通り抜けることができたのは驚きでした。否が応でも崩壊前の賑やかだった地下街の様子が懐かしく蘇ってきましたが、冥福の祈りを捧げながら歩きました。
此処で人生が閉じて、今は忘れ去られた人々に。
今日は雪が降りました。
9.11の惨事の年の冬、ビルの残骸で作った鉄の十字架に慰めるように白い雪が優しく降りかかっていました。その光景がありありと目の前に浮かび上がってきました。あの時は先が見えなかったけれど。
前に進もうと、小さな努力に未来は新しい変化をもたらしてくれました。毎日、避けていた小さな事でも向き合って一歩を踏み出して、小さな変化を起せば自分の明日が変わる。残り少なくなった日々を、そう自分に言い聞かせて過ごしております。
新年に皆様との再会を楽しみにしております。
白雪舞うニューヨークより、感謝を込めて。
December.2013
Essay&Photo by Akiko Endo
12.23.2013
11.07.2013
9.11.2013
12年目の9.11
本年も9月11日がまいりました。
今回は、先日、(株)組織デザイン代表の松崎俊道さん著『実話で迫る壁の越え方』にて紹介されました2つの詩を記させていただきます。
ブログへの掲載許可を下さいました、松崎先生に感謝申し上げます。
「大惨事から生き残ったあなたへ」
そのとき、すぐ目の前の
高層住宅に住んでいた。
ワールド・トレード・センターが、
ゴオー、ゴオーと恐竜の断末魔のような
叫び声をあげて崩れ落ちていった。
爆風は容赦なくビルを覆いつくす。
雨のように落下してくる残骸物。
書類や写真などが
宙を舞うように、とめどなく落ちてくる。
すべての電源がダウン。
地下にはガスパイプラインが幾重にも通っている。
このビルも崩壊する恐れがあった。
死を覚悟した。が、遺書は残せない。
きっと灰になってしまうだろう。
携帯を使った。
留守電に遺書めいたことを残した。
爆風は竜巻と化していたが、
一瞬風向きが変わった。
視界が開き青空が見えてきた。
脱出できるかもしれない。
かすかな希望を持った。
「壁を越えて」
アメリカのど真ん中
一人の小柄な日本人女性の
極限の体験
民族も文化も宗教も
まったく異なる人々と一緒に
手に手を取って逃げた
異なっているとはいえ
いや、異なっているからこそ
人として、同じ人間として
根っこで分かりあえた
すべての違いを越え
人の魂に直接触れた体験だった
行政の素早い対応にも驚いた
そして深く感謝している
日本人の私にも、一定の査定を経て
小切手がポンと送られてきた
わずか一週間後のことである
近隣の消防署には
今も直接出向いて、
感謝の活動を続けている
それまでと
それからとでは
あきらかに自分は変わった
それまではファッションビジネスに
関わっていた
どうしたら利益が出るか?
が関心事だった
それからは
どうしたら人々を支援できるのか?
と強く願うようになった
心の壁が取り払われたのである。
今回は、先日、(株)組織デザイン代表の松崎俊道さん著『実話で迫る壁の越え方』にて紹介されました2つの詩を記させていただきます。
ブログへの掲載許可を下さいました、松崎先生に感謝申し上げます。
「大惨事から生き残ったあなたへ」
そのとき、すぐ目の前の
高層住宅に住んでいた。
ワールド・トレード・センターが、
ゴオー、ゴオーと恐竜の断末魔のような
叫び声をあげて崩れ落ちていった。
爆風は容赦なくビルを覆いつくす。
雨のように落下してくる残骸物。
書類や写真などが
宙を舞うように、とめどなく落ちてくる。
すべての電源がダウン。
地下にはガスパイプラインが幾重にも通っている。
このビルも崩壊する恐れがあった。
死を覚悟した。が、遺書は残せない。
きっと灰になってしまうだろう。
携帯を使った。
留守電に遺書めいたことを残した。
爆風は竜巻と化していたが、
一瞬風向きが変わった。
視界が開き青空が見えてきた。
脱出できるかもしれない。
かすかな希望を持った。
「壁を越えて」
アメリカのど真ん中
一人の小柄な日本人女性の
極限の体験
民族も文化も宗教も
まったく異なる人々と一緒に
手に手を取って逃げた
異なっているとはいえ
いや、異なっているからこそ
人として、同じ人間として
根っこで分かりあえた
すべての違いを越え
人の魂に直接触れた体験だった
行政の素早い対応にも驚いた
そして深く感謝している
日本人の私にも、一定の査定を経て
小切手がポンと送られてきた
わずか一週間後のことである
近隣の消防署には
今も直接出向いて、
感謝の活動を続けている
それまでと
それからとでは
あきらかに自分は変わった
それまではファッションビジネスに
関わっていた
どうしたら利益が出るか?
が関心事だった
それからは
どうしたら人々を支援できるのか?
と強く願うようになった
心の壁が取り払われたのである。




